なんで、とか、どうして、なんて感情は、どうでも良くなった。 成歩堂龍一がスタジオにいる理由なんて、正直どうでも良い。一番大事な問題は、彼が此処にいて自分を見ているという事だ。 弁護士を辞めてから、自称ピアニストとか言ってはいたが、こうしてバイトをこなして日々の糧を得ていたのかもしれない。ただ、自分と出会わなかっただけだ。 とは言いつつも、忙しそうにしているスタッフの中で、普段のパーカーで、両手を腹にあるポケットにつっこんで、ぼーっとスタジオを眺めている。とても働いているようには見えなかったが、響也と目が合えば片手を上げてくれた。目が微かに弓なりになって、微笑んでいるように見えた。 妙に緊張して、響也はペコリと小さな会釈を返した。 「なんだ、あのおっさん知り合いなのか?」 「…知り合いっていうか…。」 恋人なんだけどね。 親友でもある大庵にさえ、告げられなくて言葉を飲み込む。同性の恋人なんて珍しくもない業界らしいが、なかなか言い出しづらいものだ。それに、大庵がばらすとは思えないけれど、まだ兄の耳には入れたくないというのが本音だ。 「顔、強張ってるぜ。」 大庵は面白そうに笑い、メンバー達にもリーダーの様子を暴露する。寄ってきた彼等からからかわれそうになる前に、響也は予防線を張った。 「彼、兄貴の友人なんだ。」 「えっ!? あれが?お前の兄貴のイメージじゃないぜ。」 「僕もそう思うけど、事実だよ。」 だから、緊張してるんだと言えば、メンバーは恐ろしい程に納得してくれた。大庵はつき合いが長い分、兄の事をよく知っているせいか(俺まで緊張する)と文句を言ってきた。 「まさか、ひょっとして監視か?肌を露出してはいけませんよ、響也とか言われてんじゃねぇだろうな?」 上着をびらと開いて見せる大庵には大いに顔を歪ませた。 冗談じゃない、実際に言われた事のある科白だ。CDジャケットを前に、正座をさせられた挙げ句に延々と説教をされたのを思い出す。 恐ろしい考えからは、頭を左右に振って逃れる。 「偶然だと思うけど…。」 そう言えば、連絡もしてくれなかった。 自分と逢うのがわからなかったからしなかったのか、それとも知っていても連絡をくれないのだろうか。逢えて嬉しいと思ってくれなかったのだろうか、吃驚させるつもりだったのか。普段よりも、思考がグシャグシャになっていく。 彼の一挙一動が気になって、そこにどんな意味があるのか推測して喜んだり、ガッカリしている自分も酷く滑稽に見える。でも、理由はともあれ…。響也はそう思い直した。 もてたくて始めたバンドだ。目の前には、誰よりも自分を好きになって欲しい相手が居る絶好のチャンス。此処で決めなければ、男じゃない。ガリュウじゃない。 成歩堂さん、最高の僕を見せるからね。 決心さえすれば、コンディションを高めていくことなど簡単な事だ。やる気満々になったリーダーに、メンバーの表情はある意味うんざりとしたものになっていた。 欲しいくせに、いざ遣ると言われて手を引込める様な男では、二度と機会は掴めない。 …んだろうねぇ、これは…。 目の前では、きらきらでぴかぴかした世界が広がっていた。 単にライトが眩しいだけかもしれないが、スポットライトを浴びるというのは、正にこういう事かと納得は出来た。あれのひとつでも持って帰ったら、みぬきが喜ぶかなぁと不穏な事を思い、ジロジロ眺めていれば、スタッフに睨まれる。 「すいません、カメラに入って来ちゃうんでもう少し下がってくれませんか?」 一応に言葉は抑えてあるが、(おっさん邪魔あっち行け)と聞こえる。自分だって好きこのんでこんな場所にいる訳じゃない。眉だけじゃなく、臍も曲がった。 もういい加減帰りたくて首謀者を捜すものの、彼女の尻を追いかけて何処かへ行ってしまっていた。お陰で、本当に無関係な自分がスタジオに残され、ただ迷惑だ。 逃げるに逃げられないのは、差し入れを矢張から預かっているせいと、先程から何度もこちらへ向けられる視線のせいだ。 チラチラと送られる目線に、仕方なしに片手を上げて挨拶した。途端に、頭を撫でられた犬みたいに表情が変わる。否応なしに、子供だなぁと思う。 好かれているらしい事に嫌悪はないが、彼はみぬき以上に子供な気がした。これが男女の差というものかもしれないけれど、もう少し大人でいる事を自覚した方がいいかもしれない。 自分にみせるつもりなのか、俄然張り切る少年に、バンドのメンバーとスタッフが困った表情になっていた。 〜To Be Continued
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